大谷翔平の両親の育て方9選!叱らない子育てと両親の現在について

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WBCで侍ジャパンの大谷翔平さんが大活躍されていますね!

大谷翔平さんといえば、プロ野球選手としての実力ももちろんのこと、記者会見での謙虚な姿勢や、ファンに対する神対応など、人柄の良さが伝わって好感度がとても高い選手の1人かと思います。

そんな大谷翔平さんは一体、両親からどのようにして育てられてきたのでしょうか?

今回の記事でわかることはこちらです。

  • 大谷翔平の両親はどのような育て方をしていたのか9選!
  • 大谷翔平の幼少期の習い事は何をしていたのか
  • 大谷翔平の両親は現在何をしているのか

是非最後までご覧ください。

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大谷翔平の両親の育て方9選!

大谷翔平さんの両親の育て方については、特別な家庭内ルールや教育方針はなかったそうです。

今回は9選まとめてみました。

≪大谷翔平さんの家族構成≫

【父】元社会人野球選手、少年野球監督

【母】元バドミントン選手

【兄】元社会人野球選手

【姉】元バレー部

 

  1. 子どもを叱らない
  2. 子どもの前では夫婦喧嘩はご法度
  3. 一家に一台のテレビをみんなで一緒に観る
  4. 食事は楽しい雰囲気でみんなで食べる
  5. リビングで過ごす時間を大切にした
  6. 習い事や進路については自分で決めさせる
  7. 挨拶や食器の片付けは両親が率先してみせる
  8. 家では野球の話はしない
  9. 交換日記をしていた

では、ひとつずつ見ていきましょう!

子どもを叱らない

大谷翔平さんの両親の育て方として、一番のポイントになると思いますが、子どもを厳しく叱ったことは「ほとんどなかった」そうです。

大谷翔平さんはお兄さん、お姉さんがいる末っ子なので、2人が両親に叱られている姿を見ると、末っ子らしい要領の良さで同じ行動を取ることはなかったそうです。

それゆえに叱る場面があまりなかったということですが、要領が良いというより分析力が高いとても賢い子どもだったことがうかがえます。

大谷翔平さんの本来の温厚な性格も一因かもしれませんね。

子どもの前では夫婦喧嘩はご法度

夫婦喧嘩を子どもの前ですることは、子どもの精神面に良くない影響をもたらすことは知られていますが、大谷翔平さんの両親は徹底して、「絶対に子どもの前で夫婦喧嘩はしない!」と決められていました。

両親は家庭の雰囲気をいつも朗らかにして、子供たちが話したいことをなんでも話せる空気を作って子育てされていたそうです。

一家に一台のテレビをみんなで一緒に観る

これはお母さんの意向だったそうです。

テレビを各部屋に置いたら、それぞれが部屋に閉じこもってしまうのは寂しいという考えから、テレビをリビングのみに置いたということです。

家に一台しかテレビがなかったら、家族そろってリビングに自然と集まってみんなで観る習慣ができますね。

食事は楽しい雰囲気でみんなで食べる

元バトミントン選手の大谷翔平さんのお母さんは健康管理に一番気を遣っていました。

市販の惣菜を買うことはなく、食事は手作りが多かったとのこと。

スポーツ一家で家族全員身長も高かったので、餃子も10人前以上作っていたそうです。

休みの日にはホットプレートを出して、家族みんなで楽しい雰囲気で食べる事を大切にしていました。

リビングで過ごす時間を大切にした

大谷翔平さんは兄姉ともに、宿題をリビングでしていたそうです。

2階にお兄さんとの共同部屋がありましたが、寝る時以外はほとんどリビングで過ごしていました。

家の構造も、玄関から2階に上がるにはリビングを通らないと行けない構造で、帰宅したら自然と顔を合わすようになりますね。

大谷翔平さん自身も、実家について「居心地が良かった」と話しているそうです。

習い事や進路については自分で決めさせる

大谷翔平さんの両親は、子どもの習い事や進路について口出しをするようなことをせず、必ず本人に決めさせていました。

高校3年生の時、日本ハムでプレイしたいと決めたことや、その後、投手と打者を両立する「二刀流」の選手になることも決めたことも、大谷翔平さん本人の意思でした。

自分の決断に責任を持ってほしい、自分で決めたことだから尚更がんばってほしい、という両親の想いのもと、子どもに決定権を持たせるという方針でいたのだと思います。

挨拶や食器の片付けは両親が率先してみせる

「おはよう」「おやすみなさい」「いただきます」などの、日常の基本的な挨拶や、食べ終わった後の自分の食器の片付けは、両親が積極的にする姿を子どもに見せて学ばせていたそうです。

言葉で示すよりも、両親が当たり前に行動することで子どもは自然に身についていくという考えでいたのですね。

家では野球の話はしない

大谷翔平さんは小学2年生から野球を始めていて、中学生までずっとお父さんが監督やコーチとして同じグラウンドにいて接することが多かったそうです。

大谷翔平さんのお父さんは、家では自主練習というスタイルで見守り続けました。

成長段階にある子どもに足して、家でも熱血指導をしてしまうとケガにつながる場合があるという考えで、意識的にそのようにしたそうです。

また、「やりたいことを楽しくやらせる」ということがモットーだったそうで、家庭では野球の話をしたり、「野球の練習をしろ」などと注意することは一切なかったそうです。

交換日記をしていた

大谷翔平さんはお父さんと、小学3年生から5年生まで交換日記をしていました。

表紙に「野球ノート」と書かれたその交換日記は、2、3冊まで及んだそうです。

大谷翔平さんは野球の試合における良かったことと悪かったこと、克服点と行動に移すために必要なことなどを書き込んでいて、お父さんはほとんどのページに野球における3つの大切なことを記していました。

1つ目は「大きな声を出して、元気よくプレイする」

2つ目は「キャッチボールを一生懸命に練習する」

3つ目は「一生懸命に走る」

この3つの教えは大谷翔平さんの心に深く刻み込まれているそうです。

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大谷翔平の幼少期の習い事について

大谷翔平さんの幼少期の習い事は、バドミントン水泳です。

バドミントンはお母さんが当時バドミントン選手で、よく一緒に練習に連れて行ったということから自然とバドミントンに触れる機会が多かったということもありますね。

水泳は多くのプロスポーツ選手も幼い頃に習っていたことがあるスポーツの1つですが、大谷翔平さんも幼稚園の年長から始めて、小学5年生までスクール通いをしていました。

もともと体が硬いということはなかったそうですが、肩関節の柔軟性を養うのにバドミントンや水泳は最適なスポーツだったのではないでしょうか。

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大谷翔平の両親の現在は?

大谷翔平さんの両親は現在、どのようなライフスタイルを送っているのでしょうか。

 父:大谷徹(とおる)さん 

大谷徹さんは現在、2014年に有志で立ち上げた金ヶ崎リトルシニアの監督として指導されています。

御年60歳ぐらいの大谷徹さんですが、野球チームの監督としていまだに活躍されているんですね!

 母:大谷加代子(かよこ)さん 

現在は主婦です。岩手県から単身上京して、大谷翔平さんの食事面生活面のサポートをしているそうです。

お母さんの愛の力を感じますね!アスリートの肉体面で、食事管理は重要と言われていますからね。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回の記事のまとめ

  • 大谷翔平さんの両親の育て方として、子どもを叱らない・大事なことは子どもに決めさせる・家族団欒の時間を大切にする・夫婦喧嘩をしないなどの決め事をしていました
  • 大谷翔平さんの幼少期の習い事は、バドミントンと水泳でした
  • 大谷翔平さんの父、徹さんは現役の監督。母、加代子さんは主婦で、大谷翔平さんをサポートしています。

子どもを温かい心で見守ることや、何をするにも楽しくをモットーにしてほしいという気持ちは親の何よりの愛情だと思います。

子どもの気持ちを尊重する、どんな選択でも子どもの決めたことなら信じてあげようという、強い親の愛情を感じますね。

大谷翔平さんの偉大な人格は、このようなご両親の愛情があったからこそ形成されたものなんですね。

今後のますますの活躍を期待しています!

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